概要
従来の頂点・辺・面を一つずつ編集していくポリゴンモデリングは、機械や建築物のような硬質なオブジェクトの作成には非常に適しています。しかし、キャラクターの顔や筋肉、クリーチャーの皮膚といった滑らかで複雑な曲面を持つ「有機的な」形状を作成するには、より直感的なアプローチが求められます。それを可能にするのが、Blenderのスカルプトモードです。
スカルプトモードは、デジタルの粘土をヘラや指でこねるように、3Dモデルの形状を直感的に彫刻していく機能です。このモード を使いこなすことで、ポリゴンモデリングだけでは難しい、生命感あふれる複雑な形状を効率的に作成できます。
この記事では、スカルプトモードを初めて使う初心者から中級者の方へ向けて、基本的なブラシの使い方から、スカルプティングの可能性を無限に広げる「ダイナミックトポロジー」まで、有機的なモデリングを始めるための第一歩を解説します。
スカルプトモードへの切り替え
スカルプトモードに入るには、まずベースとなるオブジェクト(通常はUV球や立方体など)を選択し、画面左上のモード切替メニューから「スカルプトモード」を選択するか、ショートカットキーCtrl + Tabで表示されるパイメニューから選択します。
スカルプトモードに入ると、左側に様々な種類のブラシがツールバーとして表示されます。これらのブラシを使い分けることで、粘土を盛り上げたり、削ったり、滑らかにしたりといった多彩な操作を行います。

基本的なブラシとその使い方
スカルプトモードには数十種類のブラシがありますが、まずは以下の基本的なブラシの役割を覚えることから始めましょう。
| ブラシ 名 | アイコン | 主な用途 |
|---|---|---|
| ドロー (Draw) | 鉛筆 | 基本のブラシ。メッシュを盛り上げる。Ctrlキーを押しながら使うと、逆に凹ませることができる。 |
| クレイストリップ (Clay Strips) | 四角い粘土 | 粘土の帯を貼り付けるようにメッシュを盛り上げる。筋肉や脂肪の表現に適している。 |
| グラブ (Grab) | 手 | メッシュを掴んで引き延ばす。全体のシルエットや大きな形状を調整するのに使う。 |
| スムーズ (Smooth) | 指でなぞる | メッシュの凹凸を滑らかにする。Shiftキーを押しながら他のブラシを使っている時も、一時的にスムーズブラシとして機能する。 |
| クリース (Crease) | V字の溝 | シャープな溝やシワを掘る。Ctrlキーを押しながら使うと、鋭いエッジを立てることができる。 |
ブラシのサイズはFキー、強さはShift + Fキーを押しながらマウスをドラッグすることで、直感的に変更できます。

ポリゴン数を気にせず彫り進める:ダイナミックトポロジー
スカルプティングを始めるとすぐに、メッシュのポリゴンが引き伸ばされてしまい、ディテールを思うように追加できなくなる問題に直面します。これを解決するのが ダイナミックトポロジー(Dyntopo) です。
ダイナミックトポロジーは、ブラシでストロークした部分のポリゴン密度を、必要に応じて自動的に細分化または簡略化してくれる画期的な機能です。これにより、ポリゴンの流れを気にすることなく、粘土のように無限にディテールを彫り込んでいくことができます。
有効化: スカルプトモードのヘッダー右上にある「Dyntopo」のチェックボックスをオンにします。
重要な設定: 「詳細(Detailing)」のタイプを「一定(Constant Detail)」に設定すると、画面のズームレベルに関わらず、一定のポリゴン密度でメッシュが生成されるため、コントロールしやすくなります。「解像度(Resolution)」の値を小さくするほど、より細かいポリゴンが生成されます。

スカルプティングの基本的なワークフロー
- ブロッキング: まずは「グラブ」ブラシなどを使って、全体の大きなシルエットやプロポーションを大まかに作ります。こ の段階ではディテールは一切気にしません。
- 一次造形: 「クレイストリップ」ブラシや「ドロー」ブラシで、筋肉や骨格など、大きな塊を意識して肉付けしていきます。ダイナミックトポロジーを有効にして、形状を作り込みます。
- 二次造形: 「スムーズ」ブラシで表面を滑らかに整えながら、「クリース」ブラシでシワやシャープなディテールを追加していきます。必要に応じてダイナミックトポロジーの解像度を上げて、より細かい部分を彫り込みます。
- リトポロジー: スカルプティングで作成したモデルはポリゴン数が非常に多く、アニメーションなどには不向きです。そのため、この高密度メッシュを覆うように、よりクリーンでポリゴン数の少ないメッシュを再構築する作業(リトポロジー)が必要になります。(これは別の高度なトピックです)
まとめ
スカルプトモードは、あなたの3Dモデリングの表現力を飛躍的に向上させる強力なツールです。最初は難しく感じるかもしれませんが、粘土遊びの感覚で自由に触ってみることが上達への一番の近道です。
- 直感的な操作: 粘土をこねるように、ブラシを使ってモデルを変形させる。
- 基本ブラシ: 「ドロー」「クレイストリップ」「グラブ」「スムーズ」「クリース」の5つをまず覚えよう。
- ダイナミックトポロジー: ポリゴン数を気にせず、無限にディテールを彫り込める魔法の機能。
- ワークフロー: 大まかな形から始め、徐々にディテールを追加していくのが基本。
まずは単純な球体か ら始めて、顔のようなものをスカルプトしてみましょう。完璧なものを作る必要はありません。それぞれのブラシがどのような効果を持つのかを体感し、デジタルの粘土に慣れ親しむことから始めてみてください。