概要
Godot Engineでゲーム開発を進める際、特にアクション性の高いゲームや多数のオブジェクトを扱うゲームでは、フレームレート(FPS)の不安定さが大きな課題となります。FPSの不安定さは、プレイヤー体験の低下(カクつき、ジッター)に直結し、ゲームの品質を損ないます。
本記事では、Godot Engineにおける 物理ティック と レンダリングフレ ーム の基本的な違いを理解し、それらを同期させるための最先端の技術である 物理補間(Physics Interpolation) について解説します。さらに、パフォーマンスのボトルネックを解消するための Object Pooling の適用基準と、開発者が陥りがちな誤解、そして実践的な最適化手法を、具体的なGDScriptのコード例とともに紹介します。
この記事を読むことで、あなたは以下の課題を解決できます。
- Godotのフレームワークにおける物理演算と描画の仕組みを正しく理解できる。
- FPSの不安定さ(ジッター)を解消するための具体的な実装方法を学べる。
- 効果的な最適化手法(Object Poolingなど)を、プロファイリングに基づいて適用できるようになる。
物理ティックとレンダリングフレーム
Godot Engineのフレームワークを理解する上で、最も重要な概念は 物理ティック と レンダリングフレーム の区別です。これらは独立して動作しており、その非同期性がFPSの不安定さの根本原因となることがあります。
物理ティック (Physics Tick)
物理ティックは、ゲームの物理演算と、_physics_process(delta)関数内のゲームロジックが実行されるタイミングです。
| 特徴 | 詳細 |
|---|---|
| 実行頻度 | 固定。デフォルトは60 TPS(Ticks Per Second )。 |
| 設定 | プロジェクト設定の Physics > Common > Physics Tick per Second で変更可能。 |
| 役割 | 物理演算、衝突判定、固定時間ステップでのロジック実行。 |
物理ティックが固定されているのは、物理シミュレーションの一貫性と再現性を保証するためです。ティックレートが変動すると、同じ入力でも異なる物理結果が生じる可能性があります。
レンダリングフレーム (Rendering Frame)
レンダリングフレームは、画面に描画が行われるタイミングであり、_process(delta)関数内のロジックが実行されます。
| 特徴 | 詳細 |
|---|---|
| 実行頻度 | 可変。ハードウェア性能、モニターのリフレッシュレート、V-Sync設定に依存。 |
| 役割 | 描画処理、入力処理、可変時間ステップでのロジック実行。 |
非同期性の問題とジッターの発生
物理ティックとレンダリングフレームの実行タイミングが一致しない場合、ジッター(Jitter) と呼ばれるカクつきが発生します。
例: 物理ティックが10 TPS(0.1秒ごと)で、レンダリングフレームが60 FPS(約0.016秒ごと)の場合、物理演算によって計算された新しいオブジェクトの位置は、次の物理ティックが来るまでの間、複数のレンダリングフレームで同じまま表示されます。これにより、オブジェクトの動きが滑らかでなく、「ジャンプ」して いるように見えてしまいます。
| 問題点 | 説明 |
|---|---|
| ジッター | 物理更新と描画更新のタイミングのずれによる、不自然な動きやカクつき。 |
| 階段状の動き | オブジェクトが滑らかに移動せず、一定間隔で位置が更新されているように見える現象。 |
よくあるつまずきポイント
パフォーマンス最適化に取り組む際、開発者が陥りがちな誤解や、Godot特有のつまずきポイントを理解しておくことが重要です。
誤解1: ティックレートを可変にすれば解決する
物理ティックレートをレンダリングフレームレートに合わせて可変にすることは、一見すると同期の問題を解決するように思えます。しかし、これは 推奨されません。
物理演算は固定のティックレートで最も一貫性があります。ティックレートを可変にすると、物理シミュレーションの再現性が失われ、ゲームの挙動がハードウェアによって異なってしまうため、品質保証が極めて困難になります。
補足: deltaの正しい使い方
_process(delta)のdelta値はフレーム落ち時に大きくなります。移動距離の計算(position += velocity * delta)には必須ですが、物理挙動や衝突判定のロジックでは使用しないでください。物理関連の 処理は_physics_process(delta)内で行い、固定のティックレートを活用しましょう。
誤解2: Object Poolingは常に最適化になる
Object Pooling(オブジェクトプール)は、頻繁に生成・破棄されるオブジェクト(弾丸、エフェクトなど)のパフォーマンスを向上させるための強力なパターンです。しかし、Godot Engineにおいては、その効果は限定的になりつつあります。
- Godot 4以降の最適化: Godot 4では、ノードの生成(インスタンス化)コストが大幅に最適化されています。
- 適用基準: プーリングが真に効果を発揮するのは、1秒間に数十回以上の頻度で生成・破棄される短命なオブジェクト に限られます。
- 不要なケース: プレイヤー、ボス、UI要素など、生成頻度が低いオブジェクトに対してプーリングを導入すると、管理コストが増えるだけで、パフォーマンス上のメリットはほとんど得られません。
結論: プーリングは、プロファイリングによってノードの生成・破棄がボトルネックであることが確認された場合 にのみ適用すべきです。
つまずき: V-Sync設定の外部干渉
Godotのプロジェクト設定でV-Syncを有効にしても、FPSがモニターのリフレッシュレートに制限されない場合があります。これは、グラフィックカードのコントロールパネル(NVIDIA Control PanelやAMD Radeon Settingsなど)の設定がGodotの設定を上書きしている可能性があるためです。
対処法: グラフィックカード側の設定を確認し、Godotの実行ファイルに対するプロファイル設定を削除するか、V-Syncをア プリケーション制御に設定し直してください。
ベストプラクティスと実践的なコード例
FPSを安定させ、パフォーマンスを最適化するための具体的なベストプラクティスとGDScriptのコード例を紹介します。
物理補間(Physics Interpolation)の活用
ジッターを解消するための最も推奨されるアプローチは、固定の物理ティックレートを維持しつつ、レンダリング時に補間を使用する ことです。Godotは、物理ティック間の動きを線形補間(Lerp)することで、描画を滑らかにします。
プロジェクト設定での有効化
Godot 4では、物理補間をプロジェクト設定から簡単に有効化できます。
- Project > Project Settings を開く
- Physics > Common > Physics Interpolation を有効化(チェックを入れる)
この設定を有効にすると、Godotは自動的に物理ティック間の描画を補間し、滑らかな動きを実現します。多くの場合、この設定だけで十分なジッター解消が可能です。
注意: 2Dの物理補間は Godot 4.3以降 で利用可能です。4.0〜4.2では3Dのみ対応しており、2Dには外部アドオンが必要でした。
手動補間が必要な場合
プロジェクト設定の物理補間では対応できないケース(カスタム描画、物理ノードではないノードの追従など)では、Engine.get_physics_interpolation_fraction()を使用して手動で補間を行い ます。
補間率の取得と適用
_process関数内で、現在のレンダリングフレームが、直前の物理ティックと次の物理ティックの間にどれだけ進んでいるかを示す 補間率 を取得できます。
# Player.gd (CharacterBody2Dなど)
# 物理演算は _physics_process で行う
func _physics_process(delta):
# 物理的な移動計算
velocity = calculate_movement()
move_and_slide()
# 補間のために、現在の位置を保存しておく(Godotの組み込み機能がこれを自動で行う場合もあるが、手動で補間を行うノードのために)
# self.set_meta("prev_position", global_position) # 概念的な例
# 描画は _process で行う
func _process(delta):
# 物理補間率を取得
var interpolation_fraction = Engine.get_physics_interpolation_fraction()
# ここで、補間率を使って描画位置を調整する(カスタム描画やカメラの追従などに利用)
# 例: カメラの追従をより滑らかにする
# camera.global_position = camera.global_position.lerp(target_position, interpolation_fraction)
# ノード自体の描画位置は、通常、Godotの内部システムが自動で補間を適用するため、
# ユーザーが手動でノードの位置を操作する必要は少なくなっています。
# しかし、カスタム描画や、物理ノードではないノードを物理ノードに追従させる場合にこの値が役立ちます。
# FPSの表示
var fps = Engine.get_frames_per_second()
# print("FPS: %d, Interpolation: %.2f" % [fps, interpolation_fraction])
Object Poolingの実装例
ノードの生成・破棄がボトルネックであると特定された場合、以下のObject Poolingマネージャーを実装します。
# ObjectPoolManager.gd (AutoLoadまたはシングルトンとして使用)
extends Node
# プールされたオブジェクトを格納する辞書
var pool = {}
# プールの初期化(事前割り当て)
func initialize_pool(scene_path: String, count: int):
if not pool.has(scene_path):
pool[scene_path] = []
var scene = load(scene_path)
for i in range(count):
var instance = scene.instantiate()
# シーンツリーに追加せず、非表示にしてプールに格納
instance.visible = false
instance.set_process(false)
instance.set_physics_process(false)
instance.set_meta("pool_scene_path", scene_path) # シーンパスをメタデータに保存
add_child(instance) # マネージャーの子として追加
pool[scene_path].append(instance)
# プールからオブジェクトを取得
func get_object(scene_path: String) -> Node:
if pool.has(scene_path) and not pool[scene_path].is_empty():
var instance = pool[scene_path].pop_back()
# 再利用のための初期化
instance.visible = true
instance.set_process(true)
instance.set_physics_process(true)
# カスタムのスポーンロジックを呼び出す(例: instance.on_spawn(position, direction))
return instance
else:
# プールが空の場合、新規に生成(プールのサイズを増やすことを検討)
var scene = load(scene_path)
var instance = scene.instantiate()
add_child(instance)
return instance
# オブジェクトをプールに戻す
func return_object(instance: Node):
# プールに戻す前のクリーンアップ
instance.visible = false
instance.set_process(false)
instance.set_physics_process(false)
# 物理オブジェクトの場合、衝突判定から除外するために画面外に移動させる
if instance is RigidBody2D or instance is CharacterBody2D:
instance.global_position = Vector2(-10000, -10000)
# プールに追加(メタデータからシーンパスを取得)
var scene_path = instance.get_meta("pool_scene_path", "")
if scene_path != "" and pool.has(scene_path):
pool[scene_path].append(instance)
else:
# プールされていないオブジェクトは破棄
instance.queue_free()
# 使用例:
# const BULLET_SCENE_PATH = "res://scenes/bullet.tscn"
# ObjectPoolManager.initialize_pool(BULLET_SCENE_PATH, 50)
# var bullet = ObjectPoolManager.get_object(BULLET_SCENE_PATH)
# bullet.global_position = $Player.global_position
# bullet.on_fire()
#
# 重要: Y-Sortなどの描画順序が必要な場合は、取得後に適切な親ノードへ移動する
# bullet.reparent(game_world) # ゲームワールドノードへ移動
描画順序に関する注意: プールされたオブジェクトはデフォルトでObjectPoolManagerの子として管理されます。Y-Sortを使用する2Dゲームや、UIとの重なり順序が重要な場合は、
get_object()で取得後にreparent()を使用してゲームワールドの適切なノードへ移動してください。
物理オブジェクトの安全な削除
物理オブジェクト(RigidBody2Dなど)をシーンツリーから削除する際、物理エンジンのコールバック中にremove_child()を直接呼び出すとエラーが発生することがあります。
回避策: call_deferred()を使用して、現在のフレームの処理が完了してから削除処理を遅延させます。さらに、プーリングの際には、オブジェクトを画面外に移動させてから削除(またはプールに戻す)ことで、物理エンジンとの競合を安全に回避できます。
# Bullet.gd (RigidBody2Dなど)
# 衝突などでオブジェクトを削除(またはプールに戻す)必要がある場合
func on_hit():
# 物理エンジンとの競合を避けるため、遅延実行
call_deferred("safe_remove")
func safe_remove():
# 画面外に移動させてから削除(またはプールに戻す)
global_position = Vector2(-5000, -5000)
# Object Poolingを使用している場合
# ObjectPoolManager.return_object(self)
# Object Poolingを使用していない場合
# queue_free()は自動的に親からの削除も行う
queue_free()
プロファイリングとデバッグ
最適化の最も重要な原則は、「推測するな、計測せよ」です。ボトルネックを特定せずに最適化を行うことは、時間と労力の無駄になるだけでなく、コードの可読性を低下させます。
最適化のプロセス
- プロファイル: Godotの組み込みプロファイラを使用して、CPUとGPUの処理時間の内訳を計測します。
- ボトルネックの特定: 最も時間を消費している関数、ノード、またはリソースを特定します。
- 最適化: 特定されたボトルネックに対して、Object Pooling、アルゴリズムの改善、シェーダーの最適化などの対策を適用します。
- 再プロファイル: 最適化が効果的であったか、新たなボトルネックが発生していないかを再計測します。
Godotプロファイラの使用
Godotエディタの デバッガー パネルには、パフォーマンスを分析するための強力なツールが含まれています。
| プロファイラ機能 | 役割 |
|---|---|
| Monitors | FPS、メモリ使用量、CPU使用率などのリアルタイム統計を表示。 |
| Profiler | 各フレームで実行された関数やシグナルの処理時間を詳細に表示。どのスクリプトのどの行が最も重いかを特定可能。 |
| VRAM | テクスチャやメッシュが消費しているGPUメモリの量を確認。 |
使用手順:
- エディタの右上にある 実行 ボタン(またはF5)でゲームを実行します。
- エディタ下部の デバッガー パネルを開き、Profiler タブを選択します。
- Start ボタンを押してプロファイリングを開始し、パフォーマンス問題が発生するシーンをプレイします。
- Stop ボタンを押し、収集されたデータから処理時間の長い項目(特に
_processや_physics_process内で呼び出されている関数)を分析します。
まとめ
Godot Engineで安定したFPSを実現するためには、フレームワークの基本概念の理解と、プロファイリングに基づいた戦略的な最適化が不可欠です。
| 課題 | 根本原因 | 推奨される解決策 |
|---|---|---|
| ジッター(カクつき) | 物理ティックとレンダリングフレームの非同期性。 | 物理補間 の活用。固定ティックレートを維持し、描画を滑らかにする。 |
| ノード生成のスパイク | 短命なオブジェクトの頻繁なinstantiate()とqueue_free()。 | Object Pooling。ただし、プロファイリングでボトルネックと確認された場合に限定。 |
| パフォーマンス低下 | 最適化されていない重い処理の存在。 |