C++移行の必要性
Unreal Engine (UE) の学習を始めた多くの方が、まず直感的に操作できるBlueprint (ブループリント)から入るでしょう。ノードベースのビジュアルスクリプティングシステムであるBlueprintは、プログラミングの知識がなくてもゲームロジックを素早く構築できる強力なツールです。しかし、開発を進めるうちに、次のような課題に直面することはありませんか?
- パフォーマンスの限界: 複雑な計算や大量の処理を行う際、Blueprintでは処理速度が遅くなることがある。
- 大規模プロジェクトでの管理の難しさ: ノードが複雑に絡み合い、可読性やメンテナンス性が低下する。
- エンジン機能への深いアクセス: エンジン内部の低レベルな機能や、外部ライブラリとの連携にはC++が必要になる。
これらの課題を解決し、より高度で最適化されたゲーム開発を目指す上で、C++ への移行は避けて通れない道です。C++はUEの根幹をなす言語であり、Blueprintでは実現できないレベルの制御とパフォーマンスを提供します。本記事では、Blueprintでの開発経験がある中級者を対象に、C++開発へスムーズに移行するための具体的なステップと、両者の連携方法を解説します。
ステップ1:BlueprintとC++の役割分担を理解する
C++開発を始めるにあたり、Blueprintを完全に捨てる必要はありません。UE開発のベストプラクティスは、C++で基盤となる ロジックやパフォーマンスが求められる処理を実装し、BlueprintでそのC++機能を拡張したり、デザイナーやレベルアーティストが扱いやすいように設定やイベントを構築する という役割分担です。
| 特徴 | Blueprint (ビジュアルスクリプティング) | C++ (プログラミング言語) |
|---|---|---|
| 実行速度 | C++より低速(Blueprintバイトコードで実行) | 高速(ネイティブコードにコンパイル) |
| アクセスレベル | エンジン機能の一部に限定的 | エンジン全体、低レベル機能にフルアクセス |
| 学習曲線 | 緩やか、直感的 | 急、プログラミング知識が必要 |
| 用途 | プロトタイピング、UIロジック、データ設定、アーティスト向けイベント | ゲームのコアロジック、複雑な計算、パフォーマンスが重要な部分 |
💡 Blueprintの実行速度について
Blueprintは確かにC++より低速ですが、通常のゲームロジック(イベント処理、UI操作、シンプルな計算など)では体感できる差はほとんどありません。パフォーマンス差が問題になるのは、毎フレーム実行される複雑な処理 や大量のオブジェクトを扱う場合 です。「遅いからすべてC++に移行すべき」ではなく、ボトルネックになっている箇所のみ をC++化するのが効率的なアプローチです。
ステップ2:C++クラスの作成と基本構造
UEでC++開発を始めるには、まずエディタから新しいC++クラスを作成します。
1. C++クラスの作成
エディタの「ファイル」>「新規C++クラス...」から、親クラスを選択して作成します。多くの場合、ActorやPawn、Characterなどを親クラスとして選びます。
2. 基本的なC++コードの構造
作成されたC++ファイル(例: MyCppActor.h と MyCppActor.cpp)には、UE特有のマクロが含まれています。
MyCppActor.h (ヘッダーファイル)
#pragma once
#include "CoreMinimal.h"
#include "GameFramework/Actor.h"
#include "MyCppActor.generated.h" // UE特有のマクロが展開されるファイル
UCLASS() // このクラスがUEのオブジェクトシステムに登録されることを示すマクロ
class MYPROJECT_API AMyCppActor : public AActor
{
GENERATED_BODY() // クラスのボイラープレートコードを生成するマクロ
public:
// コンストラクタ
AMyCppActor();
protected:
// ゲーム開始時に呼び出される
virtual void BeginPlay() override;
public:
// 毎フレーム呼び出される
virtual void Tick(float DeltaTime) override;
// Blueprintから呼び出し可能な関数を定義
UFUNCTION(BlueprintCallable, Category = "My Functions")
void PrintMessage(FString Message);
};
MyCppActor.cpp (ソースファイル)
#include "MyCppActor.h"
AMyCppActor::AMyCppActor()
{
// 毎フレームTick関数を呼び出す設定
PrimaryActorTick.bCanEverTick = true;
}
void AMyCppActor::BeginPlay()
{
Super::BeginPlay();
UE_LOG(LogTemp, Warning, TEXT("C++ Actor Started!"));
}
void AMyCppActor::Tick(float DeltaTime)
{
Super::Tick(DeltaTime);
}
void AMyCppActor::PrintMessage(FString Message)
{
// ログ出力
UE_LOG(LogTemp, Log, TEXT("Message from Blueprint: %s"), *Message);
}
専門用語解説:UE特有のマクロ
UCLASS()/USTRUCT()/UENUM(): クラス、構造体、列挙型をUEのリフレクションシステム に登録するために必須のマクロです。これにより、エディタでの表示、シリアライズ(保存・ロード)、Blueprintからのアクセスなどが可能になります。GENERATED_BODY(): UEのビルドシステムが生成するコード(コンストラクタ、リフレクション情報など)を挿入する場所を示すマクロです。UPROPERTY(): メンバ変数をリフレクションシステムに登録し、エディタでの編集やBlueprintからのアクセスを可能にします。UFUNCTION(): メンバ関数をリフレクションシステムに登録し、Blueprintからの呼び出しやタイマーへの登録などを可能にします。
ステップ3:Blueprintとの連携(UPROPERTYとUFUNCTION)
C++で定義した変数や関数をBlueprintから利用できるようにすることが、Blueprintからの移 行において最も重要なステップです。これには、UPROPERTYとUFUNCTIONマクロを使用します。
1. Blueprintからアクセス可能な変数(UPROPERTY)
UPROPERTYマクロにEditAnywhereやBlueprintReadOnlyなどの指定子を付けることで、Blueprintやエディタでの振る舞いを制御できます。
// MyCppActor.h
UPROPERTY(EditAnywhere, BlueprintReadWrite, Category = "Configuration")
float MovementSpeed = 500.0f; // エディタとBlueprintから読み書き可能
UPROPERTY(VisibleAnywhere, BlueprintReadOnly, Category = "Status")
int CurrentHealth = 100; // エディタとBlueprintから読み取り専用
2. Blueprintから呼び出し可能な関数(UFUNCTION)
UFUNCTIONマクロにBlueprintCallableを指定することで、Blueprintのノードとして関数を呼び出せるようになります。
// MyCppActor.h
UFUNCTION(BlueprintCallable, Category = "Combat")
void ApplyDamageToActor(float DamageAmount);
// 注: TakeDamageという名前はAActorに既に存在するため、
// 独自関数には別の名前を使用するか、overrideとして実装する
実装例:ダメージ処理
// MyCppActor.cpp
void AMyCppActor::ApplyDamageToActor(float DamageAmount)
{
CurrentHealth -= FMath::RoundToInt(DamageAmount);
UE_LOG(LogTemp, Log, TEXT("Took %f damage. Health remaining: %d"), DamageAmount, CurrentHealth);
if (CurrentHealth <= 0)
{
// C++で複雑な死亡ロジックを処理...
UE_LOG(LogTemp, Warning, TEXT("Actor Died!"));
}
}
このApplyDamageToActor関数は、Blueprintのイベントグラフからノードとして呼び出すことができ、ダメージ計算 というパフォーマンスが求められる処理をC++側で実行しつつ、結果をBlueprint側で利用できます。
よくある間違いとベストプラクティス
よくある間違い
- BlueprintとC++で同じ処理を二重に実装する: どちらか一方にロジックを集中させ、もう一方は呼び出しや設定に徹するようにしましょう。
- C++のヘッダーファイルにBlueprintロジックを書きすぎる: C++のヘッダーファイル(
.h)は、Blueprintからアクセスする必要がある最小限のインターフェース(UPROPERTY,UFUNCTION)のみを定義し、実装(.cpp)に集中させることが推奨されます。 - コンパイルエラーを恐れる: C++はコンパイルが必要なため、Blueprintよりもエラーが出やすいですが、エラーメッセージを読み解くことでUEの内部構造への理解が深まります。
ベストプラクティス
- C++を「基盤」、Blueprintを「拡張」と位置づける: パフォーマンスが重要なコアシステムや、再利用性の高いコンポーネントはC++で作成し、それらを継承・拡張して特定のゲームプレイロジックをBlueprintで実装します。
BlueprintImplementableEventを活用する: C++側で「このタイミングでBlueprintに処理を任せたい」というイベントを定義する際に使用します。
// MyCppActor.h
UFUNCTION(BlueprintImplementableEvent, Category = "Events")
void OnDeath(); // C++で呼び出すが、実装はBlueprintで行う
// MyCppActor.cpp
void AMyCppActor::TakeDamage(float DamageAmount)
{
// ... (ダメージ処理)
if (CurrentHealth <= 0)
{
OnDeath(); // Blueprintで実装されたイベントを呼び出す
}
}
C++移行のポイント
BlueprintからC++への移行は、Unreal Engine開発者としてのスキルを次のレベルへ引き上げるための重要なステップです。
- 役割分担の理解: C++はパフォーマンスと基盤、Blueprintは柔軟な拡張と設定。
- 基本構造の習得:
UCLASS,GENERATED_BODY,UPROPERTY,UFUNCTIONといったUE特有のマクロを理解する。 - 連携の確立:
BlueprintCallableやBlueprintImplementableEventを使いこなし、C++とBlueprintの強みを最大限に引き出す。
最初は難しく感じるかもしれませんが、C++を使いこなすことで、あなたのUnreal Engineプロジェクトはより大規模に、より高性能に進化するでしょう。まずは簡単なActorクラスからC++を導入し、徐々にその範囲を広げていくことをお勧めします。