マテリアル作成の課題
Unreal Engine (UE) で美しいゲーム世界を構築する上で、マテリアル は最も重要な要素の一つです。しかし、多くの初心者がここでつまずきます。「テクスチャを貼っただけなのに、なぜか安っぽい見た目になる」「ノードが多すぎて、どこから手を付けていいかわからない」といった悩みを抱えていないでしょうか?
マテリアルは、単なる「色」や「模様」を設定する機能ではありません。それは、光とオブジェクトがどのように相互作用するかを定義する「物理法則の設計図 」です。この設計図を理解し、適切にノードを接続することで、初めてあなたの3Dモデルは現実世界と同じように光を反射し、質感を持つことができます。
本記事では、Unreal Engine 5の物理ベースレンダリング(PBR)の概念を土台に、初心者がまず理解すべき主要なノード とマテリアルパラメータ(入力ピン) に焦点を当て、実践的なマテリアル作成の基礎を徹底的に解説します。
PBRの基本概念
Unreal Engineにおけるマテリアルは、メッシュ(3Dモデル)の表面が光に対してどのように振る舞うかを定義するアセットです。この振る舞いを定義する上で、UEは物理ベースレンダリング (PBR: Physically Based Rendering) という考え方を採用しています。
PBRの核心は、「現実世界の物理法則に則った方法で光の反射をシミュレートする」という点にあります。これにより、どのような照明環境下でも、一貫してリアルな質感を表現できます。
マテリアルエディタで設定する主要なパラメータ(Base Color, Metallic, Roughnessなど)は、このPBRの法則に基づいた「物質の特性」を定義しているのです。
マテリアルエディタの基本構造
マテリアルエディタは、ノードベースのビジュアルスクリプティング環境です。
| 要素 | 役割 |
|---|---|
| 入力ピン (Input Pins) | マテリアルの最終的な特性を決定する出力ノードへの接続点(Base Color, Metallicなど)。 |
| ノード (Nodes) | データ(色、テクスチャ、数値)を生成、加工、結合する処理単位。 |
| 接続線 (Wires) | ノード間でデータを流すための線。データの型(Scalar, Vectorなど)が一致している必要がある。 |
| 出力ノード (Output Node) | 最終的な結果をメッシュに適用するためのノード(通常は中央にある大きなノード)。 |
基礎ノード5選
マテリアルエディタには数百のノードがありますが、まずは以下の5つのノードをマスターすれば、ほとんどのマテリアルを作成できます。
2.1. 定数ノード (Constant Nodes)
定数ノードは、マテリアル全体で固定された数値や色を提供します。
Constant (Scalar)
単一の浮動小数点数(Scalar Value)を出力します。主にMetallicやRoughnessといった、0から1の範囲で質感を定義するパラメータに使用されます。
Constant3Vector (Color)
赤(R)、緑(G)、青(B)の3つの浮動小数点数(Vector3)を出力します。主にBase ColorやEmissive Colorといった「色」を定義するために使用されます。
Constant4Vector
R, G, Bに加えてアルファ(A)の4つの値を持つVector4を出力します。
2.2. テクスチャサンプラー (Texture Sample)
テクスチャアセット(画像ファイル)を読み込み、その色情報を出力する最も重要なノードです。
| パラメータ | 役割 |
|---|---|
| Texture | 読み込むテクスチャアセットを指定します。 |
| UVs | テクスチャをメッシュのどの位置に、どのようなスケールでマッピングするかを定義します。通常はTexture Coordinateノードを接続します。 |
ベストプラクティス: PBRワークフローでは、Base Colorだけでなく、Normal Map、Roughness Map、Metallic Mapなど、用途に応じた複数のテクスチャサンプラーを使用します。
2.3. 算術ノード (Arithmetic Nodes)
入力された数値や色に対して数学的な演算を行います。これらを組み合わせることで、テクスチャの色を調整したり、複数の効果をブレンドしたりします。
| ノード | 機能 | 主な用途 |
|---|---|---|
| Multiply (乗算) | 2つの入力を掛け合わせます。色を暗くしたり(0.5を掛ける)、テクスチャの強度を上げたり(2.0を掛ける)するのに使います。 | テクスチャの輝度調整、色の掛け合わせ。 |
| Add (加算) | 2つの入力を足し合わせます。主にEmissive Colorに複数の光源効果を足したり、テクスチャのオフセットに使います。 | 複数の効果の合成、UVオフセット。 |
| Power (累乗) | 入力Aを、入力Bで累乗します。ハイライトの鋭さ(スペキュラ)を調整するのによく使われます。 | ラフネスの調整、ハイライトの強調。 |
2.4. 線形補間ノード (Lerp: Linear Interpolate)
AとBの2つの入力値を、Alpha入力で指定された割合で線形にブレンド(補間)します。
Alpha = 0の場合、出力はAになります。Alpha = 1の場合、出力はBになります。Alpha = 0.5の場合、出力はAとBの中間になります。
実践例: 濡れた地面のマテリアルを作成する際、Aに乾燥したRoughness値、Bに濡れたRoughness値(低い値)を接続し、Alphaに水たまりのマスクテクスチャを接続することで、水たまりの部分だけラフネスを下げることができます。
2.5. 座標ノード (Coordinate Nodes)
メッシュ上の位置やテクスチャの座標情報を提供します。
Texture Coordinate
テクスチャをメッシュにマッピングするためのUV座標を出力します。このノードのUTilingとVTilingパラメータを変更することで、テクスチャの繰り返し回数(タイリング)を簡単に調整できます。
World Position
メッシュのワールド空間における絶対座標を出力します。これを利用して、オブジェクトの高さに基づいて雪や苔を自動的にブレンドするような、高度なマ テリアルを作成できます。
主要な入力ピン
マテリアルエディタの出力ノードにある入力ピンは、PBRの物理特性を定義する「物質の設計図」です。これらのピンに適切な値(ノード)を接続することが、リアルな質感表現の鍵となります。
3.1. Base Color (基底色)
役割: 物質の拡散反射光(Diffuse Color)または反射光(Specular Color)の色を定義します。 値の範囲: Vector3 (RGB Color)。 PBRでの注意点:
- 金属 (Metallic = 1) の場合、Base Colorは反射光の色(金属の色)を定義します。
- 非金属 (Metallic = 0) の場合、Base Colorは拡散反射光の色(塗料やプラスチックの色)を定義します。
- 現実の物質の色を正確に再現するため、非常に明るすぎる色(RGB値が240以上)や、暗すぎる色(RGB値が10以下)は避けるのがベストプラクティスです。
3.2. Metallic (メタリック)
役割: 物質が金属であるか非金属であるかを定義します。 値の範囲: Scalar (0.0から1.0)。
- 0.0 (黒): 非金属(誘電体、Dielectric)。木、石、プラスチック、布など。
- 1.0 (白): 金属(導体、Conductor)。鉄、金、銅など。
よくある間違い: 0.0と1.0の中間値(0.5など)を使うのは、合金や錆びた金属など特殊なケースを除き、避けるべきです。現実の物質は、ほぼ完全に金属か非金属のどちらかです。
3.3. Roughness (ラフネス)
役割: 表面の微細な凹凸(マイクロサーフェス)の度合いを定義し、光の反射の「ぼやけ具合」を制御します。 値の範囲: Scalar (0.0から1.0)。
- 0.0 (黒): 完全に滑らかな鏡面(ミラー)。光が一点に集中して反射します。
- 1.0 (白): 完全に粗い表面。光が拡散し、ハイライトが大きくぼやけます。
実践のヒント: ほとんどの現実の物質は0.3から0.7の間に収まります。0.0や1.0は極端な値であり、特殊な表現に限定されます。
3.4. Normal (法線)
役割: 表面の「見かけ上の向き」を操作し、メッシュの形状を変えずに微細な凹凸(ディテール)を表現します。 値の範囲: Vector3 (Normal Mapテクスチャ)。 重要性: Normal Mapは、テクスチャの青、緑、赤のチャンネルにそれぞれZ軸、Y軸、X軸の法線情報が格納されています。このピンにNormal Mapを接続するだけで、マテリアルが劇的にリアルになります。
💡 Normal Mapの形式について
Unreal EngineはDirectX形式 のNormal Mapを使用します。Blenderなど一部のソフトウェアはOpenGL形式 でエクスポートするため、Y軸(緑チャンネル)が反転している場合があります。表示がおかしい場合は、テクスチャの詳細パネルで 「Flip Green Channel」 オプションを有効にしてください。
3.5. Emissive Color (エミッシブカラー)
役割: マテリアル自体が光を放出しているように見せます(自己発光)。 値の範囲: Vector3 (RGB Color)。
💡 UE5のLumenにおけるEmissive Color
UE5のLumen (グローバルイルミネーション)では、Emissive Colorが実際の光源として周囲を照らす ことが可能です。ただし、Emissiveが効果的な光源として機能するかどうかは、発光面の面積、輝度の強さ、Lumenの設定 などの条件に依存します。小さな面積で弱い輝度では周囲への影響は限定的であり、ネオンサインやディスプレイ画面のように環境を照らすには、十分な面積とEmissive値(数十〜数百)が必要です。パフォーマンスコストも考慮してください。
PBRタイリングマテリアルの作成例
ここでは、最も一般的で実用的な「テクスチャを使ったPBRタイリングマテリアル」のノード接続例を解説します。
4.1. 必要なテクスチャの準備
高品質なPBRマテリアルには、最低限以下の4種類のテクスチャが必要です。
- Base Color Map (Albedo): 拡散反射光の色情報。
- Normal Map: 表面の凹凸情報。
- Roughness Map: 表面の粗さ情報(白黒)。
- Metallic Map: 金属度情報(白黒、非金属の場合は不要)。
4.2. ノード接続の基本手順
- Texture Coordinateノードの配置:
Texture Coordinateノードを配置し、UTilingとVTilingを調整してタイリングを設定します(例: 2.0, 2.0)。
- テクスチャサンプラーの接続:
- 4つの
Texture Sampleノードを配置し、それぞれに上記4種類のテクスチャアセットを設定します。 - すべての
Texture SampleノードのUVsピンに、手順1のTexture Coordinateノードを接続します。
- 4つの
- 出力ノードへの接続:
Base Color MapのRGB出力を、メイン出力ノードのBase Color ピンに接続します。Normal MapのRGB出力を、メイン出力ノードのNormal ピンに接続します。Roughness MapのR(またはG、B、どれでも可、通常はR)出力を、メイン出力ノードのRoughness ピンに接続します。Metallic MapのR出力を、メイン出力ノードのMetallic ピンに接続します。
4.3. テクスチャの強度調整(Multiplyノードの活用)
テクスチャをそのまま使うと強すぎる、または弱すぎることがあります。特にRoughnessは調整が必要です。
graph LR
A[Roughness Map (Texture Sample)] -->|RGB| B(Multiply);
C[Constant (Scalar: 0.5)] -->|A| B;
B -->|Result| D[Roughness Pin];
上記の例では、Multiplyノードを使ってRoughness Mapの値を全体的に0.5倍にしています。これにより、表面の粗さを抑え、より光沢のある見た目に調整できます。
よくある間違いとベストプラクティス
5.1. よくある間違い
-
PBRのルールを無視した値の使用
- Metallic: 0.0と1.0以外の値(0.2や0.8など)を安易に使用する。
- Roughness: 0.0(鏡)や1.0(チョーク)といった極端な値を広範囲に使用する。
- Base Color: 完全に白(RGB: 255, 255, 255)や完全に黒(RGB: 0, 0, 0)を使用する。これは現実の物質ではありえません。
-
テクスチャのデータ型を無視する
- RoughnessやMetallicなどの白黒(グレースケール)テクスチャを読み込む際、UEはデフォルトで色情報として扱います。これらのテクスチャは、テクスチャサンプラーノードの設定でsRGBのチェックを外す 必要があります。sRGBは色空間のガンマ補正であり、データ(数値)として扱うRoughnessなどには適用してはいけません。
-
マテリアルインスタンスを使わない
- マテリアルエディタで直接数値を変更すると、そのマテリアルを使用しているすべてのメッシュが変更されます。色やRoughnessなどの微調整を行うたびにマテリアルをコンパイルし直すのは非効率的です。
5.2. ベストプラクティス:マテリアルインスタンスの活用
マテリアルインスタンス は、元のマテリアル(マスターマテリアル)の構造を継承しつつ、特定のパラメータ(定数や色など)の値だけを外部から変更できるようにする機能です。
- マスターマテリアルでパラメータ化する:
ConstantノードやConstant3Vectorノードを右クリックし、「Convert to Parameter (パラメータに変換) 」を選択します。- パラメータに分かりやすい名前(例:
Roughness_Value,Base_Color_Tint)を付けます。
- マテリアルインスタンスを作成する:
- コンテンツブラウザでマスターマテリアルを右クリックし、「Create Material Instance (マテリアルインスタンスを作成) 」を選択します。
- インスタンスで調整する:
- 作成したマテリアルインスタンスを開くと、パラメータとして公開した項目だけを、コンパイルなしでリアルタイムに 調整できます。
これにより、一つのマスターマテリアルから、色違い、質感違いのバリエーションを無数に作成でき、開発効率が飛躍的に向上します。
まとめ
本記事で解説したマテリアルの基礎をまとめます。
| 項目 | 概要 | 習得すべきノード/ピン |
|---|---|---|
| PBRの理解 | マテリアルは光の物理法則を定義する設計図。MetallicとRoughnessが核心。 | Metallic, Roughnessピン |
| データソース | 数値、色、テクスチャの3種類のデータがマテリアルを構成する。 | Constant, Constant3Vector, Texture Sample |
| データ加工 | 算術ノードやLerpでデータを調整・ブレンドする。 | Multiply, Add, Power, Lerp |
| 座標制御 | テクスチャの貼り方を制御する。 | Texture Coordinate |
| 効率化 | 調整はマテリアルインスタンスで行い、コンパイル時間を削減する。 | パラメータへの変換 |
マテリアルは奥が深いですが、まずは「定数」「テクスチャ」「算術」「Lerp」の4種類のノードと、「Base Color」「Metallic」「Roughness」「Normal」の4つの主要ピンの役割を理解し、PBRのルールに則って値を設定することから始めてください。